LE SEMEUR/フランス,ベルギー
監督:マリーヌ・フランセン
<主なキャスト>
ビオレット:ポリーヌ・ビュルレ
マリアンヌ:ジェラルディーヌ・ペラス
ジャン:アルバン・ルノワール
ローズ:イリアーナ・ザベート
ブランシュ:フランソワーズ・ルブラン
……etc
日本では劇場未公開。フランスが第二帝政に移行していた1850年代、共和政を支持したために男たちが全て捕らえられ女だけになってしまった片田舎の村を舞台に迷い込んだ一人の男を巡る愛憎劇を官能的に描いた作品。原作は実在した女性が残したとされる手記。
「L'Homme semence」(英題:The Seed Man、邦題:種まく男)はフランスのヴィオレット・アイロー(1835年~1925年)が晩年に残したとされる回想録の形式をとった手記。手記の出来事から100年後の1952年の夏まで開封できない状態で、彼女の死後、子孫が守りながら長らく封印されてきたという。
ヴィオレットが16歳の1851年12月。ルイ・ナポレオン(後のナポレオン3世)のクーデターの際、共和政を支持したと男たちが連れていかれた南フランスの農村が舞台。女だけが残された村で、女たちは村の存続のために、「次に現れた男を村の女全員で共有する」という誓いを立てる。やがて、村にはジャンという流れ者の男が訪れる。女たちは誓いを実行に移す。
2006年に出版され、少なからず話題を呼んだ。ただし、誰もが出版社の説明を鵜呑みにしたわけではなく、フランス文学ヴィオレット・アイローの実在を疑問視する声や、実際の著者は、プロヴァンス地方出身の女性作家マリア・ボレリーではないかという声もある。
1851年12月。フランスでは第二共和政がルイ・ナポレオンが軍事力で独裁権力を掌握したことで崩壊した。ルイ・ナポレオンは共和派の弾圧をはじめた。南フランスの山間地の小さな村でも、共和派に加担したとして、兵隊によって男たちは全員強制的に連行される。反抗した男は容赦なく殺された。残されたのは女たちと幼い子供たちだけだった。男たちが帰ってくるかどうかも分からず、全くの孤立無援となってしまった村は、まるで時が止まったようだった。羊飼い一人も通らない。こんなことは今までになかったことだった。
男たちがいない中、広い畑の麦の刈り取りも人出が足りず捗らない。あまりの重労働に若い女の中には音を上げる声も出てくる。男がいないという状況は小さな村を狂わせていた。女たちは、「もしも一人でも男が現れたら、全員で共有しよう」と話し合う。やがて、鍛冶師だという旅人が村を訪れる。ジョンと名乗った旅人は、ビオレットに声をかけ、一晩の寝床を求める。彼女は了承し、空いていた部屋に案内する。ビオレットは村に男手がないことを話した。ジョンは、ルイ・ナポレオンが皇帝として即位したことや、捕らえられた共和政支持者は、殺されるか国外追放になったと話す。
村の女たちはジャンの処遇について話し合う。彼がこの村に来た理由は何なのか、敵か味方か見極めなければならない。ビオレットがジョンの世話係をすることになる。朝になると、ジョンは村の収穫を手伝った。麦の刈り取り作業は捗るが、久しぶりに混じる年頃の女たちは戸惑いギクシャクした雰囲気が漂う。ジョンは読み書きの教養があり、その手は鍛冶屋のように痛んでいない。おそらく彼が語る素性は嘘だろう。田舎の村なので読み書きができる女はいなかったが、ビオレットは父から教わって文字を理解できた。ビオレットはジョンの本を借りて、読書に勤しむ。
周りの女たちの誘導もあり、ビオレットとジョンが恋愛感情を抱くようになるのに時間がかからなかった。ビオレットとジョンは肌を重ねた。2人の様子から、両者の関係に進展があったと確信した村の女たち。若い女は、ビオレットに「男が現れたら村の女で共有する」という約束を履行するように迫る。ジョンに愛情を抱くビオレットは憤るが、村の存続のためにジョンに事情を説明する。その説明を聞いたジョンはビオレットと口論になり姿を消す。ビオレットは村の女たちに、ジョンは呆れて去った、と説明する。しかし、悩んだジョンは村の考えを受け入れると言う。それは、ビオレットとの時間を持ちたいジョンの選択だった。しかし、ビオレットも妊娠しお腹が大きくなってきた頃、捕らえられていた村の男が帰ってくる。
静かな作品ながら西洋絵画のような美しい映像美が高く評価された作品。タイトルとパッケージからエロティックな物語かと思ったが、時代背景や設定の特異さを除けば、偶然の出会いで恋に落ち、結ばれることなく別れを選ぶことになる男女のラブストーリー。閉鎖された世界での抑圧された醜い感情のぶつかり合いなどもなく、退屈と言えば退屈。十数年後に、ジョンの残した子らが成長した時、恋した相手が異母兄弟だということもあり得るわけで、そんな修羅場の方が物語としては面白いことになりそうだが、それは先の話。その頃にはナポレオン3世は失脚し、フランスは第3共和政の時代になっているのだろう。
ビオレットとジョンのラブストーリーの裏側にある特殊な事情をどう捉えるかで、この作品の印象は変わるのではないかと思う。正直、管理人は現代と自分自身を基準にしか物事を考えられない人間である。女の性情のことも分からない。村から男がいなくなった、などという事態になったら近隣の村や町に人手の援助を求めたり、若い男性がいるのなら結婚相手に来てもらうとかするものじゃないだろうか。まぁ、独裁政権から目を付けられた村とどこも交流を持ちたがらなかったのかもしれないとも思ったが、何か月も何年も男がひたすら来るのを待っている、という状況がどうにも違和感を感じて仕方なかった。