MEDEA/イタリア,フランス,西ドイツ
監督:ピエル・パオロ・パゾリーニ
原作:エウリピデス『メディア』(丹下和彦(翻訳)/岩波文庫)
<主なキャスト>
メディア:マリア・カラス
イアソン:ジュゼッペ・ジェンティーレ
グラウケー:マルガレート・クレマンティ
コリントス王クレオン:マッシモ・ジロッティ
ケイロン:ローラン・テルジェフ
アプシルト:セルジオ・トラモンティ
ペリアス:ルイジ・バルビーニ
アイエーテス:ポール・ジャバラ
……etc
日本では1970年7月に劇場公開されたイタリア,フランス,西ドイツ合作のファンタジー映画。紀元前5世の劇作家エウリピデスによるギリシア神話のメディアとイアソンの物語を下書きにしたギリシア悲劇を元に、幻想的に描いた作品。圧倒的な表現力と美声でオペラ界に多大な影響を残し、「20世紀最高のソプラノ歌手」とも称されるマリア・カラスが主演を務めた。マリア・カラスが長編映画に出演したのはこの映画が唯一だった。ただし、劇中でマリア・カラスの歌唱は披露されなかったが。その独特の雰囲気や世界観、異国情緒あふれる音楽など芸術面では高く評価されたものの、その難解さからか商業的には失敗に終わった。
アルゴー号による航海の物語はギリシア神話のエピソードの一つである。コルキスの金羊毛を手に入れることを目的に終結した約50人の英雄たち。その中にはギリシア神話最大の英雄ヘラクレス、トロイア戦争の英雄アキレウスの父ペーレウス、ミノタウロスを退治したテセウスなど錚々たる面々が並ぶ。トロイア戦争より前の時代を舞台にしており、トロイア戦争を除けば最大の英雄集結である。この英雄たちの総称を古典ギリシア語でアルゴナウタイと呼ぶ。英語ではアルゴノーツ。アルゴノーツは経済学用語で、先進国で先端技術を学び、母国や未発展の地域でイノベーションを牽引する起業家や高度人材のことを指すことがあるが、その語源である。アルゴー号による探検隊の隊長であるイアソンがその中心人物。一般的にイアソンはアルゴナイタイに数えない。
イアソンはイオルコスの王アイソンの子だったが、幼いころに叔父のベリアスによって王位は簒奪された。イアソンは母の手でケンタウロス族の賢者ケイロンに預けられた。成長したイアソンは、イオルコスに向かいベリアスに王位の返還を要求した。ベリアスは王位を変換する条件として、黒海の果てのコルキスに存在すると伝えられる伝説の黄金の羊の毛皮(金羊毛皮)を持ち帰ること、を突き付ける。イアソンはプリクソスの子アルゴスに依頼して巨大な船アルゴ―号を建造し、ともにコルキスに向かう仲間たちを募った。これに呼応して集まった約50人の英雄たち。女神ヘラの加護もあり、アルゴナウタイは様々な冒険を潜り抜け、途中で脱落者は出つつも、コルキスへとたどり着く。
コルキス王アイエテスは、イアソンに金羊毛皮を渡すつもりはなく、罠に嵌めようとする。しかし、アイエテスの王女メディアがイアソンに一目惚れして協力する。一説ではヘラが女神アフロディーテに依頼して恋心を吹き込んだという。魔法を操るメディアは、イアソンに自分との結婚を条件に協力を申し出る。イアソンはこれを承諾する。メディアの助力によって金羊毛皮を手に入れたイアソンは、メディアを乗せて急ぎアルゴー号を出港させた。宝物と王女を奪われたと知ったアイエテスは追手を差し向けるが、メディアは一緒に連れてきていた幼い弟を切り刻み海に捨てた。追手がその遺体を集めている間にアルゴー号は逃げおおせた。
イオルコスに戻ったイアソンはベリアスに王位を要求するが、ベリアスは王位を譲らなかった。メディアはベリアスの娘たちを騙してベリアスを釜茹でにしてしまう。メディアの魔法の力は民たちに恐れられて追放される。イオルコスの王になれなかったイアソンは、メディアとともにコリントスへと逃れた。女神ヘラがイアソンに加護を与えた目的は神への敬意を失ったベリアルへの制裁であり、目的が達された今、イアソンはヘラから加護を失った。コリントスの王クレオンはイアソンを歓迎し、王女グラウケーとの結婚を持ちかける。イアソンはメディアとの間に子供もできていたが、メディアを捨ててグラウケーとの結婚することにする。イアソンの裏切りに怒ったメディアはグラウケーを殺し、巻き添えでクレオンも死んだ。さらにメディアはイアソンとの間の子供も殺し、竜の牽く戦車に乗って去っていった。絶望したイアソンは放浪し、やがてアルゴー号の残骸に辿り着く。その下で休んでいたところ崩れてきたアルゴー号の船尾の下敷きとなり死亡した。
アルゴナイタイの伝承の成立期限は現在も定まっていないという。現存する最古の記述は紀元前8世紀のホメロスの「オデュッセイア」に出てくるものであるとされる。同時期の多くの詩人や作家がアルゴ―探検隊の物語を題材にした作品を書いたとされているが、その全てが散逸し完全な形で残っていないとされる。焦点をアルゴナイタイの冒険ではなくイアソンとメディアの愛憎劇に絞って紀元前5世紀の劇作家エウリピデスが制作したギリシア悲劇「メディア」は、裏切りの魔女としてのメディアの性質を決定づけた。イアソンとアルゴナイタイの冒険を書いた現存する最古のものは、紀元前3世紀にロドスのアポローニオスによって書かれた叙事詩だという。現代まで残されているギリシア神話の系統的概説書として紀元1世紀から2世紀頃に編集された「ビブリオテーケー」が古代から現代に残った唯一のものとして知られている。アルゴナイタイの神話は、原典資料やそれを基にした研究書などで異説が様々に生まれ、アルゴー号に乗り込んだ英雄の数も50人から多いものでは100名の名をあげるものもある。
ケンタウロス族のケイロンによって育てられた若者イアソン。ケイロンはイアソンに世界について教え、イアソンがイオールコスの王アイソーンの息子だと語って聞かせる。アイソーン王の死後、異母弟のペリアスが王位を継ぎ、イアソンはケイロンの元に預けられたのだ。イアソンにはイオールコスの王位を手に入れる権利がある。やがて成長したイアソンはペリアスの元に向かい、ペリアスに王位を返すように要求する。ペリアスは世界の反対側にあるコルキスに行き、金羊毛を持ち帰ることができたなら王位を譲ると言う。イアソンはその要求を受け入れ、仲間とともに航海に出る。
コルキスでは生きた人間を切り刻み生贄とするような儀式が行われている。それを主導しているのは魔力を持つ巫女メディア。メディアは、イアソンの幻影を見る。イアソンとの運命を感じたメディアは、彼が求める金羊毛を盗むことにする。弟とともに金羊毛を盗み出したメディアは、イアソンたちの一団と出会う。金羊毛が奪われたことに気付いたコルキスの王は追手を差し向けるが、メディアは弟を犠牲に追っ手から逃げ切る。ギリシアに戻ったイアソンとメディアは歓待を受ける。しかし、メディアは文化も風習も違うギリシアの地では大地との繋がりを失い、魔法の力も衰え、孤独を感じるようになる。
イオールコスに戻ったイアソンは、ペリアスに金羊毛を渡して王位の返還を求めるが、ペリアスは約束を反故にする。イアソンはペリアスに捨て台詞を吐いてイオールコスを離れた。メディアとイアソンの間には2人の子供ができ、メディアはギリシアの衣装を身に纏い、伝統的なギリシア人の妻として振舞う。しかし、イアソンの心はメディアから離れていく。イアソンとメディアはコリントスへと向かう。イアソンの前にケイロンの幻が現れる。ケンタウロスの姿と完全な人間の姿をした二人のケイロンの幻。人間のケイロンは、メディアが抱えている葛藤を告げた。しかし、イアソンの心はますますメディアから離れていく。そして、コリントスの王クレオンがイアソンを気に入ったことで関係の破綻は決定的なものとなった。イアソンはメディアと別れて王女グラウケーとの政略結婚を決意する。メディアは内心の怒りを隠し、イアソンの決定を受け入れ、二人の新たな門出を祝福するように見えたが……。
ギリシア神話のイアソンとメディアの悲劇をモチーフにして生々しい愛憎劇を描いたこの映画は、20世紀最大のソプラノ歌手とも称されるマリア・カラスが唯一出演した長編映画としても知られる。感想としては、やはり、まず特筆すべきはマリア・カラスの圧倒的な存在感だろうか。そこに、20世紀の映画史に、その特異な作風で足跡を残したパゾリーニ監督の幻想的な雰囲気ある映像や東洋の雰囲気を感じる異国情緒ある音楽が交わる。個人的にはこれらが合わさりあい醸し出す不穏な雰囲気が印象的で、奇妙な不安感が残った作品という印象。
ストーリー自体は目的を達成するために女を利用して捨てた男と、捨てられた女の復讐劇である。それを、中盤までほとんどセリフがない構成にしたり、序盤に凄惨な若者を切り刻み生贄として捧げる場面を入れたり、幻想と現実を組み込みながら難解さを感じるストーリーに仕上げている。この映画の評の一つとして芸術的な映画とも言われたが、映画は単純明快で分かりやすいエンターテイメントであるべし、と考える管理人は、ある種の居心地の悪さを感じた。