A Man for All Seasons/イギリス,アメリカ
監督:フレッド・ジンネマン
<主なキャスト>
トマス・モア:ポール・スコフィールド
アリス・モア:ウェンディ・ヒラー
トマス・クロムウェル:レオ・マッカーン
ヘンリー8世:ロバート・ショウ
ウォルジー枢機卿:オーソン・ウェルズ
マーガレット・モア:スザンナ・ヨーク
ノーフォーク公爵:ナイジェル・ダヴェンポート
リチャード・リッチ:ジョン・ハート
ウィリアム・ローパー:コリン・レッドグレーヴ
マシュー:コリン・ブレイクリー
トマス・クランマー:シリル・ラックハム
大法官:ジャック・グイリム
アン・ブーリン:ヴァネッサ・レッドグレーヴ
……etc
日本では1967年7月に劇場公開されたイギリス・アメリカ制作の伝記映画。16世紀のイングランドを舞台に、国王の離婚問題とイングランド国教会成立の中で、カトリック信者の立場から断固たる信念の下、国王と対立し、処刑されたトマス・モアの物語。第39回アカデミー賞では作品賞や監督賞など6部門を受賞した名作である。
日本では「ユートピア」の著者として知られるトマス・モアは、テユーダー王朝第2代イングランド王ヘンリー8世(1491年~1547年)の時代に活躍した法律家、思想家、人文主義者として知られている。
トマス・モアはロンドンの法律家の息子として生まれた。カンタベリー大司教・大法官ジョン・モートンに引き取られ従僕として教育を受けた。1492年にオックスフォード大学に進学し、2年間ラテン語を学んだが中退した。この頃、イングランドでは、ルネサンスを経て『新しい学芸』の花が開き、若いトマス・モアにも影響を与えた。ロンドンのニュー法学院、リンカン法学院で古典研究にいそしみ、その後法律家、政治家として活躍した。
オランダ出身の人文主義者エラスムスとは青年時代より親交があった。初めて出会ったのは20歳の頃でロンドン市長主催のパーティだったという。2人は、名乗る前に互いに気づき、エラスムスが「君がトマス・モアでなければ何人でもない」と話しかけ、トマス・モアは「君がエラスムスでなければ悪魔だ」と応じたと伝えられている。
「ユートピア」を書いたのは1515年にスペインとの外交に際してオランダへと使わされた頃だった。トマス・モアが知己の人物から聞いた旅行譚という体裁で、大半がラテン語で書かれ、1516年の帰国後に出版されると大反響を呼び、各国語に翻訳されてヨーロッパ中で読まれた。ユートピアとはギリシア語からの造語で「どこにもない国」の意味した。理想社会を体現した架空の島での社会や習慣、宗教、政治構造などを通じて、当時の社会への批判を行った。
1529年に聖職者ではない人物としてイングランドでは初めて大法官にまで上り詰めた。しかし、ヘンリー8世とキャサリン王妃との間で離婚問題が起こると、離婚の承認を求める国王とローマ教皇の対立へと発展する。熱心なカトリック信者であったトマス・モアは離婚を正当化する根拠はないとして、国王への忠誠を誓いつつも、教皇を支持した。1532年5月にイングランドの聖職者はカンタベリーの宗教会議でヘンリー8世を「唯一最高の首長」とすることを承認した。トマス・モアはその翌日に大法官を辞職した。
国王はイングランドからローマ教会の教皇権を全て奪うことで離婚問題を解決できると考え、ヘンリー8世の側近のトマス・クロムウェルが主導する宗教改革会議で1529年から1534年の間にそうした目的の法律を次々と成立させた。トマス・モアは国王をイングランド国教会の首長とする国王至上法の成立(1534年)の際には、カトリック信者の立場から賛成を拒否した。そのことで不審を抱かれたトマス・モアは、査問委員会にかけられ、大逆罪にあたるとして1534年4月にロンドン塔に幽閉され、15ヶ月の幽閉の後、1535年7月に斬首刑に処された。この処刑は「法の名のもとに行われたイギリス史上最も暗黒な犯罪」などと言われることもある。1935年にカトリック殉教者の列に加えられた。
1528年。イングランドは国王ヘンリー8世の離婚問題で揺れていた。世継ぎに恵まれないキャサリン王妃に見切りをつけて、子供を身籠った愛人のアン・ブーリンを王妃につけようとしていたのだ。しかし、イングランドの国教はカトリックであり、カトリックでは離婚するためにはローマ教皇の許可を得なければならなかった。ヘンリー8世とキャサリン王妃は結婚の時にも一悶着を起こしており、ローマ教皇の協力は期待できなかった。そんな折、高潔で知られ人々の尊敬を集める枢密院議員のトマス・モアは大法官のウルジ―枢機卿から宮廷に赴くようにと呼び出し状が来る。ウルジ―枢機卿はヘンリー8世の離婚問題を解決するためにトマス・モアに解決に協力するようにと求める。男児がいなければ王朝は途絶えて下手をすれば王国は再び乱れる。だがトマス・モアはこれまでの経緯を引き合いに出し、協力を断る。ウルジ―とトマス・モアの議論は平行線のまま決裂する。
ウルジー枢機卿の部屋を出たトマス・モアは大勢の人たちに囲まれ銀の盃を渡される。ある女性が裁判中で、手心を加えてもらおうと賄賂として渡してきたものだった。自宅に帰ってきたトマス・モアを友人のリッチが待っていた。リッチは宮廷への出仕を希望し、トマス・モアに口添えを望んでいたが、トマス・モアは宮廷で生きることの難儀さを伝え、教職の空きがあることを伝える。屋敷に入ると娘のマーガレットがウィリアムから求婚を受けている所であった。トマス・モアはウィリアムがルター派であることを理由に結婚を認めなかった。やがて、ウルジ―枢機卿がこの世を去り、後任の大法官にトマス・モアが選出される。イングランドの実力者となったトマス・モアを訊ねて国王ヘンリー8世が屋敷を訪れる。舟遊びの途中で立ち寄ったという体ではあったが、目的は明らかだった。トマス・モアに離婚に同意してもらいたいと言うヘンリー8世だったが、トマス・モアから拒否を突き付けられたため激怒して帰ってしまう。そんなトマス・モアに、妻のアリスも融通が利かないと腹を立てる。
ウルジ―枢機卿の秘書官だったクロムウェルとリッチが接触していた。枢密院の要職に就くことになったクロムウェルはリッチをトマス・モアを陥れる手助けをさせようとしていた。リッチは役職と引き換えにこれを引き受ける。いつまでも離婚を認めないローマ教皇に業を煮やしたヘンリー8世はついに強硬手段に出た。イングランドの聖職者たちにイングランドの教会の首長となることを認めさせた。それに対してトマス・モアが選択したのは大法官を辞するという道であった。屋敷の使用人を解雇し、自らは沈黙することを選んだトマス・モア。しかし、その沈黙を怖れたクロムウェルは、トマス・モアへの圧力をかけようとする。ヘンリー8世とアン・ブーリンとの結婚を認める宣誓をするようにという法令が布告される。宣誓を拒んだトマス・モアは反逆罪でロンドン塔に幽閉される。幽閉されたトマス・モアのところに妻子が面会に来る。宣誓に署名するように説得する条件であった。トマス・モアはそんな妻子に、自らの信念を貫くことを伝え、国外に逃れるように促す。クロムウェルはトマス・モアを反逆罪で告発する。
イングランド国王ヘンリー8世の離婚問題が表面化してきたあたりを舞台に、トマス・モアが王権と教会に板ばさみになり、さらに、宮廷内の足の引っ張り合いに巻き込まれながら、最後まで自分の信念を貫く姿を描いている。イングランド国教会の成立は歴史的な重大事で、この後イングランドの国王の権威は高まり、イングランドからローマ教会の影響力は低下した。そのきっかけはヘンリー8世とキャサリン王妃との離婚問題だった。後継ぎの男児が欲しかったヘンリー8世が愛人との間にできた子供を世継ぎにしようと離婚を画策した――などという書き方をするとすごく矮小化されてしまうが、事は王家の跡継ぎの問題。無理筋とは知りつつ離婚をゴリ押ししようとするヘンリー8世に、頑なにカトリック信者としての原則論を繰り返すトマス・モア。なんだかなぁ、と思いながら見た作品だった。トマス・モアの信仰心は立派だと思うし死を目前にしてもなおその信念を貫けることに感動を覚えるのだろうが、同じ宗教をバックボーンに持っていない自分には理解できなかった。
王権を否定したとして幽閉されたトマスが、トマスを翻意させるために面会に来た家族に筋を通すことの大切さを口にしながら弱気を口にしてしまうのが個人的には印象的。個人的にユートピアなどの作品から、トマス・モアのことをうす甘い理想主義者だと思っていたが、きっと実際のトマスも、恐怖と戦いながら信念を貫いたんだろうなと思えた。この後、3年とかからずにヘンリー8世は、アンに汚名を着せて処刑してしまう。そのアンの娘エリザベスは後にイングランド女王となり、エリザベス女王はカトリックを弾圧することになる。政治的にはトマスの敗北であった。トマスの貫いた信念は無駄だったのかどうか……。それでも、命よりも大事な、命を賭してでも守らなければならない信念があると信じたい。
移り気な国王ヘンリー8世の寵愛を巡るアン・ブーリンとメアリー・ブーリンの姉妹の確執を描く。
大英帝国の礎を築いたエリザベス1世が、数奇な運命に翻弄されながらイングランド女王となるまでの前半生を描く。