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戒厳令(1973年)





DATE

日本
監督 : 吉田喜重

<主なキャスト>

北一輝 : 三國連太郎
北一輝の妻すず : 松村康世
兵士A : 三宅康夫
兵士Aの妻:倉野章子
西田税 : 菅野忠彦
憲兵岩佐 : 飯沼慧
       ……etc

目次
『戒厳令(1973年)』の作品解説
キーワード『2.26事件(昭和11年(1936年))』
『戒厳令(1973年)』のストーリー
『戒厳令(1973年)』の感想


【作品解説】

 1973年7月に劇場公開された。1936年(昭和11年)に起こった軍事クーデター未遂事件、いわゆる2.26事件で刑死した民間思想家、北一輝を主人公に展開していくモノクロ映画。自身の提唱した思想が、自身の手を離れて拡大していき、やがて自分自身を滅ぼす様が描かれている。



【2.26事件(昭和11年(1945年))】

 昭和の初めごろから帝国陸軍の中には統制派と皇道派の思想が対立する状況にあった。1931年(昭和6年)の満州事変、1932年(昭和7年)の5.15事件の後、日本は軍政に移行する。天皇親政による国家改造を志向する皇道派の青年将校らを、5.15事件で死んだ犬養毅の後を継いだ斎藤内閣は、脅しがきく存在として暗に利用しつつも、実務的な部分では統制派を優遇していた。皇道派の排除が鮮明になっていくと、1935年8月12日、陸軍省内で陸軍中佐相沢三郎が、統制派の軍務局長・永田鉄山陸軍少将を斬殺する事件が起こる(相沢事件)。

 1936年2月26日。皇道派の青年将校22名に率いられた1400名を超える反乱軍は首相官邸や朝日新聞社などを襲撃し、元老や財閥、政党などを排除した軍事政権の樹立を目論み立ち上がった。当時の岡田啓介内閣総理大臣をはじめとした政府要人を襲撃し斎藤実元内閣総理大臣、高橋是清大蔵大臣などが殺害された。首相官邸、警視庁、内務大臣官邸、陸軍省、参謀本部、陸軍大臣官邸、東京朝日新聞を占拠した。

 事件勃発当初は陸軍首脳部は「君たちの気持ちもわかる」と声明を出し、青年将校たちの行動にそれほど否定的ではなかったという。しかし、青年将校にとって予想外だったのは、時の天皇陛下(昭和天皇)がこの暴挙に対して大激怒し、クーデターに参加した将兵を賊徒と呼び、自ら近衛師団を率いて鎮圧するも辞さずと、強い姿勢を見せたことだった。天皇陛下のこの姿勢に、同士討ちを恐れていた陸軍も、叛乱軍として対処することを決め、武力鎮圧を決める。鎮圧部隊に包囲され投降が呼びかけられたことで青年将校たちは下士官以下の兵を原隊に復帰させ、2人は自決し、残りの将校は裁判に臨むことになった。

 軍事法廷は一審で、弁護人もない状態で行われ、大半が死刑か無期禁固となった。この軍事法廷を、統制派は軍の掌握、皇道派の一掃に最大限に利用した。この事件により陸軍内の団結は一層強まり、軍の国政への影響力は一層大きなものになっていった。映画『戒厳令』の主人公である北一輝は、民間人であったが2.26事件の理論的首謀者とされ刑死した。計画の存在自体は知っていたものの、時期尚早として、距離を置いていたため、事件そのものには関わっていなかったとされる。


【ストーリー】

 物語の始まりは大正十年の夏も終りに近いある日。北一輝の前に朝日平吾の姉と名乗る女が北のもとに現れる。安田財閥の当主・善次郎を刺殺し、その場で自殺した平吾の血染めの着物を北に渡しに来たのだった。平吾がしたためたという遺書は、平吾が北一輝の「日本改造法案」の思想の影響を受けているのが読み取れた。そんな北の所に、一人の兵士が現れた。彼は、ある企みに参加していたが、命令を実行することができなかったのだ。北一輝の天皇制を逆手にとって革命を起こす思想を記した書物は、若者たちに大きな影響をあたえ、すでに彼の手を離れて、本人の制御できないところに拡大していた。失敗を詫びる兵士を前に、北は、そのことに恐怖に近いものを感じていた。

 北の思想を上っ面しか理解できない者たちにとって、北は裏切り者に近い存在になっていく。満州事変以降、アジアに新たな秩序はもたらされず、政治は腐敗し堕落している、巷には失業者があふれ、世間からは活気が失われ暗い時代となっていた。それを打開するためには、天皇に忠実な、天皇の軍隊によるクーデターによって、天皇による政治がなされなければならない。昭和11年2月26日。北の思想に影響を受けた青年将校たちは雪の降りしきる中、理想を掲げて破滅へと向かう道を突き進んでいく。



【感想】

 1973年7月に公開された作品。この頃、何があったかと言えば、前年2月に長野で新左翼組織連合赤軍のメンバーによるあさま山荘事件が発生。その後の捜査で連合赤軍の組織内で総括というリンチが行われ12人が死亡していたことが明らかになった。そして、その中心となった森恒夫は年が変わった元日に自殺した。思想が独り歩きし、多くの人間を巻き込んで崩壊していく。2.26事件の青年将校と連合赤軍が同質というつもりはないが、どこか似ている――ような描き方をされているような気がする。映画と関係ないことを書いてしまったが、この映画は感想を書くのが怖い作品だった。北の思想は理解できないが、同時に、戦後の日本のような世界を志向しているようにも終える。

 不自然な台詞回しで頭の中をかき回されたところを、重苦しい音楽、モノクロの画面、そして堂々としていながら虚ろな目の三國廉太郎演じる北一輝。ある意味ホラーだというのが個人的な印象だった。その北一輝も思想を語りつつも、自分を安全なところに置いておきたいと考えている節が見え隠れする。青年将校の暴挙も、自分は関係ないという姿勢だったが、彼を追い詰めるのはかつて切り捨てた一人の兵士であった。その兵士もまた、彼の思想に毒され、それを実行に移せなかったことに壊れ、現実と虚構の区別もつかくなって、北を告発する。思想とは、ここまで人を狂わせてしまうものなのか……銃殺される北の姿を見ながらそんなことを思った。