あなたは 人目の訪問者です。


日本の黒い夏-冤罪-(2000年)




DATE


日本

監督・脚本 : 熊井啓


<主なキャスト>


笹野誠 : 中井貴一

浅川浩司(コージ) : 北村有起哉

野田太郎(ノロ) : 加藤隆之

花沢圭子(ハナケイ) : 細川直美

神部俊夫 : 寺尾聰

吉田警部 : 石橋蓮司

鳥尾エミ : 遠野凪子

         ……etc


目次
『日本の黒い夏-冤罪-(2000年)』の作品解説
キーワード『松本サリン事件(平成6年(1994年))』
『日本の黒い夏-冤罪-(2000年)』のストーリー
『日本の黒い夏-冤罪-(2000年)』の感想


【作品解説】


 2001年3月に劇場公開された作品。原作は、長野県松本美須々ヶ丘高等学校放送部が制作したドキュメンタリー『テレビは何を伝えたか』をもとにした戯曲『NEWS NEWS』。松本サリン事件では、無実の第一通報者が半ば公然と犯罪者扱いされるという重大な人権侵害を引き起こした。監督を務めた熊井氏の身内に、第一通報者の縁者に関係する人物がいてその家風を知っていたため、マスコミの第一通報者を犯人扱いする報道に疑問を持っていたという。



【松本サリン事件(平成6年(1994年))】


 1994年(平成6年)6月27日の深夜から28日早朝にかけて、長野県松本市北深志の閑静な住宅街に毒ガスが撒かれ、多数の住民が重篤な中毒症状を起こした。死者7名(さらに14年後に昏睡状態にあった被害者が死亡した)、重軽傷者約600人もの被害が出た。発生直後は毒ガスの正体も、意図的に発生させたものなのか意図しない事故なのか自然発生したものなのかなども分からず、正体不明の毒ガス被害に社会は戦慄したが、数日後、化学兵器として知られる神経ガスのサリンであると判明した。サリンは自然界には存在しないため、長野県警は原材料の入手ルートをあたることで犯人に迫ろうとしたが、その種類は多く捜査は難航した。

 長野県警は事件発生から間もない28日には第一通報者の男性の自宅に家宅捜索をおこない、薬品類を押収した。しかし押収した薬品からはサリンの生成は不可能だったにもかかわらず、第一通報者を犯人扱いした一方的な取り調べを連日にわたり続けた。また、マスコミは警察の発表やリーク情報をもとに、第一通報者を疑惑の人物として大きく報じた。さらに、「サリンはバケツと農薬で簡単に作れる」などという出まかせを無責任に垂れ流し、世間では「第一通報者が自宅の庭でサリンを発生させ多くの犠牲者が出た」と誤った事実が真実のように扱われることとなった。一部の研究者などが、個人の所有する設備でサリンを生成することなど不可能だと指摘していたにもかかわらず、東京での地下鉄サリン事件が発生するまで疑惑の目を向けられ続け、第一通報者の自宅には多くの誹謗中傷の手紙が寄せられたという。

 事件から9ヶ月後の1995年3月22日。東京で地下鉄にサリンが撒かれる事件(地下鉄サリン事件)が発生する。その後の捜査で地下鉄サリン事件がオウム真理教によるものと判明。幹部の取り調べを進める過程で、松本市での事件もオウム真理教によるものと判明した。事件は、松本市への新規の道場建設にまつわる反対運動や、土地取得にまつわる民事裁判などがきっかけになって発生した。地権者が土地の返還を求めて起こした裁判の判決を7月半ばに控え、裁判そのものを無効化させてしまおうと裁判官を狙い長野地裁松本支部の裁判所官舎に対し、大型のファンを取り付けた噴霧車によってサリンを噴霧したものだった。松本サリン事件は戦争状態でもないにも関わらず一般市民に対し、殺傷目的で化学兵器にも使用されるような毒ガスが使用された世界でも数少ない事例である。



【ストーリー】


 1995年6月の長野県松本市。高校の放送部に所属する島尾エミと山本ヒロが地元のローカルテレビ局を訪れる。一年前に発生した松本サリン事件で、無実の第一通報者である神部俊夫がなぜ犯人のように扱われ、報道被害を受けたのか、高校生なりの視点で捉えたドキュメンタリービデオを制作する一環で、マスコミにも取材を申し込んでいたが、この放送局以外はどこも門前払いだった。報道局長の笹野と、記者の花沢、浅川、野田が二人のインタビューに答え、あの時の報道の裏側で何があったのかを話した。

 閑静な住宅街で、突如発生し多数の犠牲者を出した有毒ガス。警察は翌日には第一通報者の神部の自宅を捜索し、押収した薬品の中に青酸化合物があったことから、薬品の調合ミスで青酸系の毒ガスを発生させたのではないかという見解を示した。この情報を報じることに笹野が慎重になっている間に大手マスメディアに事件は青酸ガスによるものと報じられ、連日取り調べを受ける神部を、マスコミは追跡する。やがて、事件の原因となった有毒ガスはサリンだと判明する。耳慣れないサリンの情報を探していた野田は、藤島教授から「サリンはバケツで簡単に作れる」という情報を得る。

 二人はすでに神部にも会い、どのような取り調べが行われたかも聞いていた。神部自身もサリンに被爆した被害者であり、医師の診断書もあったものの、警察はそれを無視して9時間にわたる取り調べ――という名の自白の強要を延々と続けた。マスコミは警察署に向かう神部を大挙して追い続け、自宅には石を投げつけられたり脅迫やいたずら電話が相次いだ。そんな状況に折れてしまいそうになりながら、神部は弁護士に協力を求め、事態に立ち向かうことを決意する。

 事態に進展がない笹野のところに、花沢がサリンは家庭で簡単に作れるような代物ではない、という情報をもってくる。古屋教授の協力の下、笹野は神谷犯人説を否定した内容で特番を作る。その特番は大反響となるが、神部を犯人を信じる一般市民からのクレームが相次いだ。その上、悪影響を心配したスポンサーが離れていくかもしれないと、局の上層部からも神部犯人説に戻すように説得される。笹野は、警察がどこまで神部を新犯人だと考えているか、確かめるために事件を担当している吉田警部のもとに向かうが、そこで驚愕の事実を知らされる。



【感想】


 松本サリン事件をきっかけに起こった無実の一般市民に対する重大な人権侵害。その端緒となったのが事件解決を急ぐ長野県警の決めつけに基づく杜撰な捜査にあったのは言うまでもないが、「警察がマークしているから」「(自称)専門家がそう言っているから」と無批判に垂れ流した一部のマスコミ。そうやって投げ渡された“情報”を自身の中で咀嚼することなく誤った正義を振りかざした一部の視聴者。メディアというのがどうあるべきか。メディアから流れる情報に対し受け手はどう向き合うべきか。この時の捜査や報道のありようが違っていたなら、後の地下鉄サリン事件の12名の死者・6000人を超える負傷者もなかったのかもしれない。事実と誠実に向き合うことの意味を真摯に問う作品である。

 この『日本の黒い夏-冤罪-』は、女子高生の質問に対し笹野や報道記者が回想しながら物語が進んでいく。昭和な雰囲気のするドラマで、再現ドラマや社会派サスペンスが好きな人にはいい作品だったと思う。内容が内容なので面白かったor面白くなかったの二元論で語るべきではない作品ではないように思うが、映像で再現されることでリアリティや説得力が格段に違ってくると改めて感じた映画だった。リアルに再現されたあの夜の出来事、そしてあっという間に犯罪者に仕立て上げられていく恐ろしさ。視聴者にもメディアの垂れ流す情報に対する向き合い方へ疑問を突きつける。

 映画で描かれる出来事が完全なフィクションではなく、実際に起きたことが元になっているのだということを決しては忘れてはならない。そして過去の出来事としてではない、今も、未来においても起こりうる……否、現実世界で実際に起こっている出来事として常に胸にとどめておかなければならないことを描いている作品だと思う。事件からわずか6年ほど経ってから制作された映画なので、公開当時の視聴者の多くが事件の記憶が鮮明だったころを思い出しながら見ただろうが、全く知らない世代の人はどんな印象を受けるのだろう。社会から事件の記憶が風化している今だからこそ、見るべき作品であると思う。