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リチャード・ジュエル(2019年)





DATE

Richard Jewell/アメリカ
監督 : クリント・イーストウッド

<主なキャスト>

リチャード・ジュエル : ポール・ウォルター・ハウザー
ワトソン・ブライアント :  サム・ロックウェル
バーバラ・"ボビ"・ジュエル : キャシー・ベイツ
トム・ショウ : ジョン・ハム
キャシー・スクラッグス : オリヴィア・ワイルド
                     ……etc

目次
『リチャード・ジュエル(2019年)』の作品解説
キーワード『アトランタオリンピック爆弾テロ(1996年)』
『リチャード・ジュエル(2019年)』のストーリー
『リチャード・ジュエル(2019年)』の感想


【作品解説】

 数々の名作を世に送り出してきたクリント・イーストウッド監督作品。今作でテーマに選んだのは爆弾の第一発見者の警備員・リチャード・ジュエル(1962年~2007年)に対する人権を無視したFBIの捜査やマスコミによる報道被害であった。世間が注目する重大事件において捜査機関が解決を急ぐあまりに時として暴走といえる捜査を行い、報道機関が警察に追従する形で報道を行い、それを真実と思い込んだ一般市民による疑惑の人物への犯罪行為というループが起きることがある。捜査機関が慎重な捜査を行うのは当然として、報道機関が果たすべき役割、市民が情報に触れたときにそれをどのように捉えるべきか、どこの国での出来事かなど関係なく常に考えられなければならないテーマを扱った映画だと思う。

 劇中に登場するキャシー・スラッグスという最初にリチャードを疑惑の人物として報じる女性記者について、論争が巻き起こるような演出がなされた。劇中、キャシー・スラッグスは知古のFBI捜査官に情報を漏らす見返りにベッドに誘う場面が出たが、彼女は実在の人物で、2001年にドラッグの過剰摂取で死去していたという。彼女が所属していたアトランタを拠点とする報道機関AJCは「真実ではない」と反論し、マスコミ関係者をはじめ著名人らから批判の声があがった。これに対し、映画を配給したワーナー・ブラザースは「ジュエル氏が疑われていると真っ先に報じたメディアの一つであるAJCが映画の制作陣とキャストを中傷しようとしているのは残念であり、結果的に皮肉なことだ」という旨のコメントを出した。実名で描かなければ「映画的演出」で済んだ話ではなかっただろうか。それをしなかったのは、「報道がやったのはこれと同じことだろう? 自分たちはろくに調べもせずに適当なことを書き連ねておきながら、自分らが同じことをやられたら怒るのか?」という制作側の嫌味でもあったのではないか、という気もする。




【アトランタオリンピック爆弾テロ(1996年)】

 1996年7月19日から8月4日まで、アメリカのアトランタで第26回夏季オリンピックが開催された。近代オリンピック100周年の記念大会でもあった。事件は大会7日目の7月27日、センテニアル公園の屋外コンサート会場にて発生した。午前0時55分ごろ、警備員が不審なバッグパックを発見。直ちに警察官に通報し、警察による避難誘導が開始された。同じ頃、公衆電話から警察に爆発物を仕掛けたという電話が入る。「30分後に爆破する」という予告の通り、午前1時20分頃、パイプ爆弾が爆発。爆発とともに大量の釘が周囲に飛び散った。この爆発によって、頭部に傷を負った女性と心臓発作を起こした女性の2名が死亡。111名が負傷する惨事となった。会場周辺の道路と、アトランタ周辺を走る環状高速道路を閉鎖して捜査にあたったものの、犯人の検挙には至らなかった。

 FBIの追及は警備員として働いていたリチャード・ジュエルに向けられた。リチャードは、不審物を発見後、警察への通報を行い、周囲にいた観客を立ち退かせるなど、被害軽減に貢献し、当初マスコミや世間は英雄として喝采を送った。ところが、FBIがリチャードを有力な容疑者として捜査していると地元マスコミによって報道されると、一転して疑惑の人物と捜査機関やマスメディアから執拗な追及を受けることになった。しかし、10月にFBIはリチャードを捜査の対象から外すことを正式発表した。

 連邦捜査局 (FBI) は元アメリカ陸軍兵士でキリスト教原理主義者のエリック・ルドルフを容疑者として指名手配し、2003年に逮捕した。エリック・ルドルフには仮釈放なしの終身刑の判決が言い渡された。オリンピックは、この事件を受けて中止も検討されたようだが、最終的には続行された。1972年のミュンヘンオリンピックでのパレスチナ武装組織「黒い九月」によってイスラエル代表と関係者の11名が殺害されたテロ事件と並べられることも多いが、アトランタの事件は国際テロ組織ではなく単独犯による犯行であり、オリンピックのような大規模な国際イベントの警備に対して、いわば一匹狼のテロリストによる犯行をいかに食い止めるかという課題を突きつけた事件でもあった。


【ストーリー】

 その出会いはアトランタオリンピック爆弾テロの10年前。ある官庁で清掃員として働いていたリチャード・ジュエルは、そこでワトソン・ブライアントという人物と出会う。リチャードは法執行官の職に強い憧れを抱いており、そのための射撃の練習としてゲームセンターの射撃ゲームをやりこむような男だった。ワトソンはそんな彼に少なからず興味を持つが、リチャードは警備員の仕事を見つけ職場を去った。それから時が経ち、リチャードは警備員の職を続け、ワトソンは弁護士として働いていた。屋外コンサートの警備員として働いていたリチャードは、酔った若者たちに注意した時、不審なバックを発見する。それは危険なものだと直感したリチャードは警察官に通報する。駆けつけた警察官は、それが爆弾であることに気付き、直ちに周囲30mから立ち退かせようとした。リチャードも周囲の観客たちを立ち退かせるとともに、コンサートのスタッフたちにも危険が迫っていることを伝えるために走り回った。そして、爆弾は爆発し、大量の釘が飛び散った。多くの被害者が出る凄惨な一夜が終わった後、リチャードは多くの人を救った英雄と呼ばれるようになっていた。

 しかし、FBIにリチャードが以前警備員として勤めていた大学の学長が、彼の素行についての情報を寄せる。リチャードは、法執行者に憧れるあまりやりすぎな行動をとってトラブルを起こすことも多かった。そして、FBIのプロファイリングの想定する犯人像もリチャードの特徴と一致していた。リチャードについて極秘の捜査を始めたFBIだったが、地元紙の記者にそのことがバレてしまい、公然とリチャードに対する捜査を始める。そのやり方は、執拗で強引で人権を無視したものだった。さらにマスメディアによるリチャードを犯人扱いした報道も彼を追い詰めていく。リチャードはワトソンに助けを求める。ワトソンはFBIの卑劣な捜査手法やマスメディアの一方的な報道に怒りを覚えるが、同時にリチャードの法執行者へ憧れるあまりに次々と自身に不利な行動をとってしまうことに苛立ちを募らせる。しかし、FBIが自宅への盗聴を行っていることが分かりリチャードも腹をくくる。そしてFBIやマスメディアへの反攻が始まった。


【感想】

 爆破テロに関わり英雄から一転、容疑者としてFBIとマスメディアから執拗に追われることになった男が小さな尊厳を守り抜く話。実話をもとにしてあるので最後は疑惑が晴れることが分かっていても、そこ至るまでを、淡々とどこか突き放した描き方をしつつも、最後まで観客を引き込ませてくれる。しかし、単純な構造に見えながら、ただ巨大な権力や影響力のある組織に立ち向かった男の話、にはとどまっていない。公開当時はトランプ政権の下で、「アメリカ社会の分断と不安定化」がしきりに指摘されていた時期。リチャード・ジュエルは白人だが、体形や見た目は好青年とは言い難い。またその性格も正義感が強いといえば聞こえはいいが、法執行官に憧れるあまり時として突飛な、常識を逸脱した行動に出てしまう。世間の基準から見たら、少々はみ出した人物である。そんな人間だから犯人に違いないと、FBIやマスコミは彼を追い詰めていく。クライマックスであるFBIとの対決の場面でリチャードは、「これから、もし警備員が不審物を見つけてもリチャード・ジュエルの二の舞にはなりたくないと黙ってしまうかもしれない」と訴える。当然の指摘であるが見落とされる主張だろう。「疑われたくないから通報しないでおこう」「泥棒扱いされるのが嫌だから落し物は届けずにおこう」そんな風に一般市民が考えるようになったら、社会不安という形でそのツケを支払うのは一般市民である。