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ザ・ハッカー(2000年)





DATE

Takedown/アメリカ
監督 : ジョー・チャペル
原作 : 下村努(著),ジョン・マーコフ(著) 『テイクダウン―若き天才日本人学者vs超大物ハッカー 上』(近藤純夫(翻訳))

<主なキャスト>

ケビン・ミトニック : スキート・ウールリッチ
下村努 : ラッセル・ウォン
ジュリア : アンジェラ・フェザーストーン
アレックス・ロウ : ドナル・ローグ
ミッチ・ギブソン捜査官 : クリス・マクドナルド
                      ……etc

目次
『ザ・ハッカー(2000年)』の作品解説
キーワード『伝説のクラッカー、ケビン・ミトニック逮捕(1995年)』
『ザ・ハッカー(2000年)』のストーリー
『ザ・ハッカー(2000年)』の感想


【作品解説】

 1999年に制作されたアメリカのサスペンス映画。1995年2月に逮捕された伝説のクラッカー、ケビン・ミトニック氏と、コンピューターセキュリティの専門家である下村努氏との攻防を、映画的な脚色を交えながら映像化した作品。原作はジャーナリストのジョン・マーコフ氏と下村努氏による著作『テイクダウン―若き天才日本人学者vs超大物ハッカー』になっているが、主人公はケビン・ミトニックとなっており、ミトニックの視点で描かれている場面も多い。映画『ザ・ハッカー』は制作国のアメリカでも日本でも公開されずDVDスルーされた。下村努氏は2008年にノーベル化学賞を受賞した下村脩氏の息子である。ノーベル賞受賞に際して、この作品も再注目されるのではないかと思ったが、全くそんなことはなかったようだ。


【伝説のクラッカー、ケビン・ミトニック逮捕(1995年)】

 ハッカーという言葉にはいくつかの定義と意味があるようだが、ここではコンピューターや電子回路についての高度な知識や技術を有する者、それらを活用して課題をクリアし社会に貢献する者などのことを指すことにする。ハッカーが行う行為の中には、セキュリティを突破して敢えてその痕跡を残すことでプログラムの脆弱性を知らせたりするような義賊的な精神で行われる互助的な文化もあった。しかし、インターネットの普及とともに純粋な悪意や自らの技術を世間に知らしめる目的で、それらの知識をつかって、それらの行為を行う者も、インターネットの普及や情報化社会の発展に伴い増えて行った。世間的には、本来、高度なコンピューターの知識を持つ者への敬称であったはずのハッカーという言葉は、悪質な行為に利用する者にも使われるようになってしまった。そういったコンピューターを使って悪事を働く者のことはクラッカーなどと呼んで区別したりする。

 1963年8月生まれのケビン・ミトニック氏は、高校の頃にコンピューターに触れこれにのめりこむようになったという。フリーキングという電話のタダがけの技術にハマり、そこからコンピューターへの不正アクセスなどにも強い関心を持つようになったと言われる。1988年に企業の機密情報を盗み出した罪で逮捕・起訴され有罪判決を受ける。しかし、懲役後の保護観察中に行方をくらまし、ネットの闇に潜み、コンピューターの不正アクセスや改ざんなどの様々な犯罪行為を繰り返した。国防総省や国家安全局のコンピューターへの侵入も行っており、連邦捜査局(FBI)からは「最も危険なクラッカー」と目されるようになる。

 下村努氏は1964年10月生まれ。1歳の時に両親と渡米し、10歳の頃からコンピューター・クラブで学んでいたという。1995年ごろ、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)のサンディエゴ・スーパーコンピュータ・センターにおいて主席特別研究員を務めていた。下村氏はアメリカでもトップクラスのセキュリティ専門家であり、有名企業や国の機関から協力を求められており、FBIに助言をすることもあったという。ケビン・ミトニック氏は、1994年の年末頃、下村氏の自宅のコンピューターに侵入し、プログラムを盗み、氏を愚弄するメッセージを残した。下村氏はミトニック氏の追跡を開始する。

 ミトニック氏は下村氏から盗んだプログラムを、ある掲示板のサーバーに隠していたが、そこから足がついた。下村氏はノースカロライナ州ローリー市の空港近くのミトニック氏の潜伏先を突き止め、FBIに通報。1995年2月15日未明、FBIはミトニック氏を逮捕する。同じ日に連邦地裁で行われた人定質問が行われた時に、両者は初めて顔を合わせたという。「ケビン・ミトニック逮捕」の報は、全米のマスコミが大きく取り上げられ、アメリカや日本でもその名を知られる、サイバー世界で最も影響力のある人物の一人と目されるようになった。有罪判決を受けたミトニック氏は5年の服役後、クラッキングから足を洗い、犯罪行為で培った自身の知識をセキュリティに活かして、情報セキュリティコンサルタントに転身し、活躍している。


【ストーリー】

 仮釈放中のケビン・ミトニックが友人のアレックスとともに一人のクラッカーに呼び出される。アイスブレイカーと名乗った男は、ミトニックに情報交換を持ちかけてくる。アイスブレーカーが語ったSASというFBI向けの電話網アクセスサービスに興味を持ったミトニックは、別人に成りすまして製造者や企業をだましてSASの情報を手に入れる。再び接触してきたアイスブレイカーにSASの情報を手に入れたことを見せつけるミトニック。実はアイスブレイカーはFBI捜査官のランスであった。ランスが上司にかけている電話を盗聴していたミトニックは姿を消した。

 2年後――。ケビン・ミトニックは相変わらず企業からデータを盗んだりしながら、南カリフォルニアで潜伏生活を続けていた。FBIはミトニックを追い続けていたが、その尻尾を掴むこともできずにいた。ミトニックは、ハッカー対策の第一人者として連邦聴聞会で意見を述べる下村努をテレビ中継で見て、強い敵意を覚える。ミトニックは下村の情報を調べて匿名電話で挑発すると、下村の研究資料やメールなど膨大なデータを盗み出した。その中には研究のために作ったコンピューターウィルスのデータも存在していた。そのウィルスは電話や電機などのインフラ設備に侵入し、国の安全を脅かすほどの代物だった。下村から盗み出したデータの重大さは、ミトニックさえ驚愕するものだった。下村は同僚に事態の緊急性を伝え、協力を求めた。

 ミトニックはFBIの捜査の手が共犯者のアレックスに迫っていることを察知したミトニックは、すんでのところで脱出する。コンピューターの悪用に対処するための会議に呼ばれた下村は、厳しい追及を受ける。傍聴席からは屈辱的なヤジが飛んでくるのを堪える下村に、FBI捜査官のギブソンが声をかけ共闘を持ちかけるギブソン捜査官もミトニックの攻撃の対象にされており、電気や水道を止められた経緯があった。FBIにコンピューター犯罪のことなど理解できるはずがないと一旦は協力を断った下村だったが、ヤジを飛ばしてきたのがミトニックの共犯者のアレックスであったことを知り、ミトニックとの対決を決意。FBIに協力することを決める。技術を駆使して逃走を続けるミトニックだったが、小さな失敗から下村に潜伏先の情報を与えてしまう。


【感想】

 作品が制作された1999年は、まだまだインターネットが一般に普及し始めた時期だった。広大なネットの世界と情報技術が新たな可能性を提供してくれると同時に、一歩間違えば悪意ある一技術者の手によって世界が滅ぼされるのではないかというSFめいた危惧も決して杞憂ではないことを社会が認識し始めた頃。映画的な脚色も多く含まれているが実話をもとにしており、二人の天才の息詰まる攻防は見どころだが、ネット社会の危うさを突き付けられるようで怖さを感じた作品だった。

 ところで、冒頭のSASの情報を盗み出す場面は、コンピューターネットワークのセキュリティの脆弱性をつき、膨大なプログラムを解析して情報を得る――そんな、一般の人が考えるハッキングとは全く異なるものではなかっただろうか。ケビン・ミトニック自身が電話をかけ、時には姿をさらして人を騙して鮮やかに自分が望むものを入手する。それもまたハッキングの手段の一つであり、どんなに優れたシステムが構築されても、人間自身が最も大きなセキュリティホールであることを忘れてはならないのだろう。