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エミリー・ローズ(2005年)





DATE

The Exorcism of Emily Rose/アメリカ
監督 : スコット・デリクソン

<主なキャスト>

エミリー・ローズ : ジェニファー・カーペンター
エリン・ブルナー弁護士 : ローラ・リニー
ムーア神父 : トム・ウィルキンソン
イーサン・トマス検事 : キャンベル・スコット
カール・ガンダーソン : コルム・フィオール
ジェイソン : ジョシュア・クローズ
ブリュースター判事 : メアリー・ベス・ハート
ミュラー医師 : ケネス・ウェルシュ
カートライト医師 : ダンカン・フレイザー
ブリッグズ医師 : ヘンリー・ツェニー
アダニ博士 : ショーレ・アグダシュルー
                  ……etc

目次
『エミリー・ローズ(2005年)』の作品解説
キーワード『アンネリーゼ・ミシェルの保護責任者遺棄致死事件(1976年)』
『エミリー・ローズ(2005年)』のストーリー
『エミリー・ローズ(2005年)』の感想


【作品解説】

 日本では2006年3月に劇場公開されたアメリカのオカルト・ホラー映画。1976年のドイツで実際に起きた事件をもとに、舞台をアメリカに移して映像化した作品。当時の宣伝文句は「この映画はホラーではない、実話だ」。オカルト・ホラーの要素を含んだ法廷サスペンスの趣のある作品。


【アンネリーゼ・ミシェルの保護責任者遺棄致死事件(1976年)】

 アンネリーゼ・ミシェル(本名 アンネ・エリザベート・ミハエル:1952年〜1976年)は旧ドイツ連邦共和国バイエルン州ライプルフィングに生まれた。5人姉妹の次女であり、両親は熱心なカトリック教徒であったという。子供の頃から厳格な宗教教育を受け、将来は教師を目指していたという。しかし、16歳の頃から幻聴・幻覚に悩まされるようになり、痙攣を起こしたり、心身ともに不安定な状態になったという。当初は精神科に通い、原因不明の脳性疾患(躁うつ病であったとか側頭葉てんかんなどとも)と診断された。投薬治療を受けるが症状は一向に改善せず、時間ばかりがすぎていった。また、18歳の頃には肺結核や多血症など循環器系の病気を患い、1年間ほどサナトリウムに入って療養していたという。サナトリアムでの療養の間に、明るく快活だったアンネリーゼは神経質な性格に変わっていたという。

 1973年、高校を卒業したアンネリーゼはヴュルツブルク大学に進学した。しかし、精神病治療を目的とした各種の薬の服用や、長期に渡る入院を含めた精神病治療も効果はなく、アンネリーゼの状態は悪化の一途を辿る。妄想や鬱状態による精神的に不安定な言動や、幻聴幻覚に怯え、自身の尿や昆虫を食べるなどの異常行動などが起こり、アンネリーゼは医学療法に失望し、もともと敬虔なカトリックの信者であったこともあり悪魔によるものだと考えるようになった。それを証明するかのようにアンネリーゼは、キリストに関係する場所に近付けなくなったり、十字架の前を通ることができなくなったという。投薬による症状改善が見られないことから、彼女治療した医者の中にも悪魔祓いを勧める者もおり、地元のカトリック教会の司祭に相談した。

 相談を受けたアーノルド・レンツ司祭は、当初は悪魔憑きに懐疑的であった。アーノルド・レンツ司祭は悪魔祓いを断りアンネリーゼは精神医療を受けるように勧めた。司教の許可がなければ悪魔祓いができないという理由もあった。しかし、アーノルド・レンツ司祭とエルンスト・アルト司祭が、試験的悪魔祓いを行った後ビュルツブルグ司教ヨーゼフ・シュタングルの許可を得て、本格的な悪魔祓いが開始された。1975年9月以降、アンネリーゼが死ぬまで67回の悪魔祓いが行われた。毎回2時間程度、週2〜3回程度の頻度でカトリック教会の1614年版儀式書に基づいて行われたという。その結果、彼女に憑いていた6人の悪魔の名前を聞き出した。その中には、17世紀に堕落して教会を追われた司祭であるヴァレンティン・フライシュマンの名もあった。悪魔憑きでなかったとすれば、なぜ400年も昔の、忘れ去られていた人物であるフライシュマンの名をアンネリーゼが知っていたかについての理由は定かではない。ただしアルト司祭はかつてフライシュマンが所属していた教会を復旧しようとしており、その存在を知っていた。祈り、苦行、跪き、断食といった悪魔祓いを長時間にわたり受けたアンネリーゼは疲弊し、死の3か月前には悪魔祓いをやめてほしいと願ったと言うが、それは聞き入れられなかったという。その後は、アンネリーゼは自身の身の内に悪魔を閉じ込めて出て行かせないようにしたという。それは、悪魔を世に解き放さいようにして死ぬ、という一種の殉教精神のようにも解釈されている。

 1976年7月1日にアンネリーゼは自宅で死亡した。検死の結果、死因は栄養失調と脱水によるものとされた。悪魔祓いが行われた約1年の間に、体重は30kgにまで落ちていたという。また、跪く礼拝を連続して行ったことで足の脛が骨折しており、自力で歩くことはでき無くなっており、さらに肺炎を病んでいたとされる。州の検察当局はアンネリーゼの両親と悪魔祓いの儀式を行ったアルト司祭及びレンツ司祭を、「充分な栄養を与えず死に至らしめた」として過失致死傷罪で起訴した。1978年3月、事件は法廷に持ち込まれ、世間の関心を呼んだ。法廷では悪魔祓いの際に録音された儀式やアンネリーゼの様子を捕らえたテープが公開された。州当局は、両親に対しては責任を問わず、レンツ司祭とアルト司祭には罰金刑を求刑した。2人の司祭には、ビュルツブルグ司教館より弁護士が付けられたが、責任者であるシュタングル司教は、「アンネリーゼの悪魔祓いを許可していない」「アンネリーゼの状態を知らなかった」として証言をしなかった。レンツ司祭とアルト司祭には「過失による殺
人」と「援助不履行」の罪で、それぞれ6ヶ月の禁固刑、3年の執行猶予の判決が言い渡された。ビュルツブルグ司教館が2人の司祭に課せられた罰金を支払ったが、責任者のシュタングル司教や、ローマ・カトリック教会はその責任を一切問われず、1978年4月21日に法的な争いは終結した。教会から見捨てられた格好になった2人の司祭だが、その後も聖職者を続けることができたという。


【ストーリー】

 エミリー・ローズという女性の死を巡る裁判が始まろうとしていた。エミリーは悪魔祓いの末に死亡したとして、儀式を行ったムーア神父が逮捕された。起訴するにあたって検察は、敬虔なキリスト教信者であり法廷では厳しい追及でしられるやり手のイーサン・トマス検事を担当検事に据える。ムーア神父の弁護を担当するのは、先日死刑確実と見られていた被告人を逆転無罪に導き一躍世間の注目を浴びていたエリン・ブルナー弁護士だった。野心家のエリンは、教会からの依頼をさらなるステップアップと考えて受けたのだったが、悪魔祓い――ひいては悪魔の存在が争点となる裁判に戸惑いを覚えていた。教会はこの裁判を嫌がっており、エリンにはムーア神父に証言させないようにと指示が出ていた。

 裁判が始まる。エミリーのボーフレンドのジェイソンが証言台に立つ。エミリーは大学の寮で眠っていたところ、真夜中に焼け焦げた匂いを感じて目を覚ました。そして、何かに押さえつけられて苦しんだのだという。彼女は悪魔に取り憑かれたと言い、幻覚や幻聴に悩まされ、異常な行動をとるようになる。エミリーはクラスメイトや道行く人たちが悪魔に見えるようになり、悪魔が取り憑いたとしか思えないような言動をするようになる。医者は脳障害や精神障害を疑い投薬治療を行うが、症状は改善されず彼女が正常な時間は少なくなっていく。エミリーは実家へと戻されるが、そこでも症状は悪化していき、ついに悪魔憑きを疑った両親はムーア神父を呼んだ。初めてムーア神父と対峙したエミリーの中の悪魔は、宣戦布告にも似た挑発の言葉を吐いた。

 裁判が始まる前、ムーア神父はエリンに忠告していた。この裁判の裏側に渦巻く大いなる闇の力が存在し、それはエリンにも攻撃を仕掛けてくるかもしれない。最初は信じていなかったエリンだったが、かつて自分が無罪判決を勝ち取った男が、再び殺人容疑で逮捕された。それをきっかけに、エリンは自分にも闇の力か悪魔なのか――得体のしれない恐怖の存在が近付いてきていることを感じるようになっていた。トマス検事が証人として招いた医師や専門家は、エミリーの症状は病気による発作で説明がつき、投薬治療を続けていれば治ったはずだと断言する。検事は神父の介入によって薬をやめたのがエミリーの症状を悪化させ、非科学的な悪魔祓いがエミリーを死に至らしめたのだ、と主張する。トマス検事の理路整然とした主張をひっくり返すために、エリンは精神科医などの見解を求めようとするが、なかなか協力してくれる医師は見つからない。エリンは、別のアプローチを求めて悪魔憑きを科学的に研究している博士を呼び、エミリーは投薬によって悪魔から自分を守る力を失っていたのだという見解を提示する。

 悪魔祓いの現場に立ち会ったという現役の精神科医のカートライトから連絡が来る。カートライト医師はあの悪魔祓いの現場に立ち会ってたことを後悔しており、ムーア神父にこれ以上関わり合いになりたくないと口止めしていた。カートライト医師と会ったエリンは、エミリーは病気ではなかったという証言を得て、裁判にも出廷することを約束させた。さらに、悪魔祓いの際に録音されたテープを受け取る。これで裁判を有利に進められると喜ぶエリンだったが、ムーア神父が望んでいたのは法廷でエミリーの真実を伝えることだった。それは依頼人である教会の意向に反することだったが、エリンはムーア神父を証人として呼び、法廷でテープを流すことを決意する。


【感想】

 ホラー作品ではあるものの、場面の多くが法廷の場面で構成された異色のホラー映画となっている。最初にエミリーの死を描いて、その後、時間を遡りながら法廷場面を通じて、エミリーに何があったか、どの様な恐怖体験が展開されたかを描いていくという手法はよくある作品ともいえる。そして、その裁判が進む中で、裁判が闇の力に支配されていると被告人の神父は語り、悪魔の存在を信じていないから大丈夫と確信していた弁護士のエリンの周りでも、その存在が迫っているような描写がされる。ただ、エミリーの悪魔に取り憑かれた描写は、精神病や脳障害でも説明がつくような描き方で、超能力めいた力が発揮されたりすることはない。エリンに迫る闇の力も、特に何か攻撃を仕掛けるわけではない。エリンの胸中で膨れる不安が見せた錯覚、で済ませられる描き方にとどめていて、ホラー映画のわりに「悪魔の存在についてどういう解釈をするかはあなた次第」という描き方に見えて、エミリー・ローズ役のジェニファー・カーペンターの鬼気迫る演技は凄く良かったもののホラー面ではやや薄味な印象を受ける。

 西洋の悪魔憑きや日本の狐憑きなどのように、現在では精神病などと診断されるものが、当時の知識では超自然的な存在によるものと考えられたケースもあっただろうし、そのために起こってしまった悲劇もたくさんあったのだろう。とはいえ、この映画のモデルとなったアンネリーゼ・ミシェルのケース――いや、伝承に残るような悪魔憑きやそれに類する全てが精神病だったと確信をもって言えるのだろうか……何てことも思ってしまう。