美女ありき(1941年)
DATE
That Hamilton Woman/アメリカ、イギリス
監督 : アレクサンダー・コルダ
<主なキャスト>
エマ・ハミルトン : ヴィヴィアン・リー
ホレーショ・ネルソン : ローレンス・オリヴィエ
ウィリアム・ハミルトン : アラン・モーブレイ
……etc
【作品解説】
1941年に製作された古典映画の名作。ナポレオン戦争の時代を背景に、ネルソン提督とハミルトン夫人との不倫劇が描かれている。古い上にモノクロ映画のため、DVDになっていても、見づらく感じてしまう点があるのは仕方ないが、ネルソンとエマ・ハミルトンを演じた映画史に残る名優、ローレンス・オリヴィエ、ヴィヴィアン・リーの魅力は色あせてはいない。
【トラファルガーの海戦(1805年)】
フランスは皇帝ナポレオン1世の時代。フランス革命によって王政が打倒され、1793年1月にフランス国王ルイ16世が処刑されたのを知ったヨーロッパ諸国は、革命が波及してくるのを恐れ、対仏同盟を結成してフランスを押さえようとした。フランス国内では革命の結果生まれた政府は反対派を容赦なく処刑する恐怖政治や王政復古を目指すクーデターなどによって混迷し、対外戦争が繰り広げられる中、頭角を現したのが若き軍人ナポレオン・ボナパルトだった。1799年11月にクーデターによって軍事・政治の実権を握り、対外戦争では連戦連勝、諸国を支配下に置きヨーロッパに覇を唱えようとするナポレオンは国民からの絶大な人気を背景に1804年に皇帝ナポレオン1世として即位した。
そのナポレオンの前に立ちはだかったのが世界最強の海軍を有するイギリスであり、イギリス海軍の象徴的な人物がホレイショ・ネルソン提督であった。クーデターで実権を握る前のナポレオンは、地中海におけるインドとエジプトの連絡を絶とうと遠征を行った。1798年7月にはエジプトを制圧するも、1798年8月にナイル河口のアブキール湾でネルソン提督率いるイギリス海軍にフランス艦隊は壊滅させられ、所期の目的を達することはできなかった。その後、フランスの実権を握ったナポレオンによってヨーロッパの大部分がフランスの支配下に置かれたのは前述の通りだが、制海権はイギリスが握っており、フランス艦隊によるイギリス本土への攻撃を防いでいた。ナポレオンはこの状況を打破すべく、フランスとスペインによる舟艇2500隻、兵員15万からなる連合艦隊を編成し、イギリス海軍による封鎖を突破し、イギリス本土を攻撃する計画を立てた。
ナポレオンの当初の計画では、イギリス海軍によって封鎖されている大陸側の各港からフランス艦隊を出撃させ、一部の艦隊を陽動にしている間に、主力艦隊をイギリス本国へ送り込むものだったが、これには主力と陽動のタイミングを一致させなければならず、至難の業であった。その後、幾度かの計画変更を経て、各港から全ての艦隊を一度西インド諸島で合流させたうえでイギリス海峡に突入させる計画を立てる。1805年3月29日、ツーロン駐留艦隊司令官であったヴィルヌーヴ提督が率いる艦隊が西インド諸島に向かうが、合流するはずの他のフランス艦隊、スペイン艦隊はイギリス海軍の妨害などによって現れず、当初の計画であった陽動も艦隊の集結も果たせないまま、6月11日にヨーロッパへの帰還を開始する。7月22日、ヴィルヌーヴ提督の艦隊はスペイン北西部のフィニステレ岬にてカルダー提督のイギリス艦隊と戦闘になり2隻を失う敗戦。さらに、計画のとおり北上するようにというナポレオンの指令に反し、スペインのカディス港に入る。これにより、イギリス本土攻撃が不可能になったことを悟ったナポレオンは、イギリス本土への攻撃を断念し、9月にオーストリアとの戦争支援のために、カディスのフランス・スペインの連合艦隊はイタリアのナポリを攻撃するように命令を下す。9月29日にネルソン提督が率いる艦隊がカディス沖に到着する。ヴィルヌーヴ提督は臆病風に吹かれたか、なかなか行動を起こそうとしなかった。ナポレオンがヴィルヌーヴ提督を更迭しようとしているという段階になった10月18日。ヴィルヌーヴ提督はカディスからの出撃を命じる。
1805年10月21日。スペインのトラファルガー岬の沖でイギリス艦隊とフランス艦隊が激突した。ヴィルヌーヴ提督率いるフランス・スペイン連合艦隊は33隻と、ネルソン提督率いるイギリス艦隊の27隻を上回っていたが、フランスとスペインで混成された艦隊とあって指揮系統は複雑になっていたうえに、士気は低く練度も低く、艦載砲の発射速度も遅かった。ネルソン提督は、「英国は各員がその義務を尽くすことを期待する」という有名な信号旗を送り、士気を高めた。出撃したフランス・スペインの連合艦隊に対して、ネルソン提督は並行する二つの単縦陣で相手の縦陣中央に横から突撃した。分断されて混乱した連合艦隊に対し、イギリス艦隊は乱戦を挑んだ。5時間にわたる戦闘の末、連合艦隊は18隻が拿捕され、4隻が行方不明となった。イギリス側の艦艇の損害はなかったが、戦闘の中、ネルソン提督は狙撃手の銃弾を浴びて数時間後に帰らぬ人となった。トラファルガーの海戦での勝利によってナポレオンのイギリス本国への野望を打ち砕いたネルソン提督の最後の言葉は、「神に感謝する。私は義務を果たした」であったと伝えられる。
【ストーリー】
フランスの港町カレーで警官と争うみすぼらしい中年女。彼女を庇って一緒に牢屋に放り込まれたメアリーに、女は自分のことを「ハミルトン夫人」と名乗る。「ハミルトン夫人」が語り始めたある英雄との愛の話。イタリアのナポリに結婚するためにやってきた若かりし日のエマ。しかし婚約者が莫大な借金を背負い、結婚する意志もないことを知る。嘆くエマに同情したイギリス外交官のハミルトン卿はやがて彼女の夫となる。その器量や要領のよさで華やかにミラノの社交界を楽しむエマだったが、ある日、ミラノへ援軍を求めて訪れたホレイショ・ネルソンに出会う。無骨な軍人のネルソンに興味を持ったエマは、自身の人脈と機転を使いネルソンを助け、ネルソンはエマに感謝とともに興味を持つようになる。
時を経て――再会したとき、ネルソンはナイルの海戦でフランス艦隊を退けた英雄としての名声を獲得するとともに、大きな傷を負っていた。エマは負傷したネルソンのために献身的な愛情をささげ、再び自らの人脈を使い、王妃の協力を得てネルソンを助ける。ネルソンもまたナポリでの政変に際し独断でエマを助けるために行動する。共に伴侶がいる身でありながら恋人同士のように付き合うようになる。そんな2人の関係を憂慮したイギリス海軍省はネルソンを呼び戻す。ネルソンとともにイギリスに乗り込んだエマは、好奇の視線に晒されるようになる。互いに不倫の関係であったエマとネルソンだったが配偶者の態度は真逆だった。もともと年の差が大きい結婚であったエマの夫のウィリアム・ハミルトンは、若いエマが別の男に心を寄せることに対して早々に負けを受け入れ、ネルソンの妻フランシスは別居はしても決して離婚はしないと宣戦布告にも似た言葉を突き付ける。ハミルトン卿の死去など、2人を取り巻く環境は激変していく。そんな中、ヨーロッパに覇を唱えるナポレオンの脅威がイギリスに迫りつつあった。
【感想】
本作がアメリカ、イギリスで公開されたのは1941年。ヨーロッパ大陸では1939年9月のドイツによるポーランド侵攻を機に戦端が開かれており、1940年6月にはイギリス軍はドイツ軍に追い詰められ撤退を余儀なくされれ、フランスはドイツに降伏し、パリは占領された。そんな時代にこういう映画を撮れるのが凄いとも感じるが、不倫の話を中心にしつつも戦意高揚を意識せざるを得なかったのか、最後の20分ほどをトラファルガーの海戦の場面にあてている。80年以上の映画ではあるが、戦艦同士の大砲の撃ちあいの場面はなかなか秀逸。
祖国のために尽くし、片腕と片目と歯を失いながら数々の戦功を上げ、祖国を守る戦いの中で死んだネルソン提督。その人生自体がとても劇的ではあるが、この映画の原題が『That Hamilton Woman/Lady Hamilton』となっていることからもわかるとおり、英雄ネルソン提督ではなく、不倫相手のエマ・ハミルトンを主人公に置いている。真実の両者の関係がどの様なものであったのかを自分が伺い知ることはできないものの、この映画の中ではエマは献身的にネルソンを愛し続ける女性として描かれている。容姿に優れ、社交的で、機転が利いて機知に富み、情熱的な――そんな魅力的な女性をヴィヴィアン・リーが見事に演じている。80年前の映画であるが、ハリウッド史に残る名女優の一人であるヴィヴィアン・リーの美しさを楽しむだけでも見る価値のある映画である。