300〈スリーハンドレッド〉(2007年)
DATE
300/アメリカ
監督 : ザック・スナイダー
原作 : フランク・ミラー『300(スリーハンドレッド)〈新訳版〉 (ShoPro Books) 』
<主なキャスト>
レオニダス : ジェラルド・バトラー
王妃ゴルゴ : レナ・ヘディ
セロン : ドミニク・ウェスト
ディリオス : デビッド・ウェナム
エフィアルテス : アンドリュー・ティアナン
クセルクセス : ロドリゴ・サントロ
……etc
【作品解説】
日本では2007年6月に劇場公開されたアメリカの歴史アクション映画。原作はフランク・ミラーのグラフィックノベル。紀元前480年のペルシア戦争で、ペルシアの大軍に対して少数で玉砕したスパルタ軍の伝説的な戦いであるテルモピュライの戦いを題材にしている。野戦の場面が多い映画だが、その多くの撮影はスタジオで、背景の多くはCGであったという。2014年に続編の『
300<スリーハンドレッド> ~帝国の進撃~』が公開された。
【テルモピュライの戦い(紀元前480年)】
エーゲ海の西と東に位置するバルカン半島(現在のギリシア共和国)がポリスと呼ばれる諸都市国家を形成し、東側のアナトリア半島(現在のトルコ共和国)では現在の中東地域にあたる古代オリエント世界のみならずエジプトやインダス川にまで勢力を広げるアケメネス朝ペルシアが君臨していたころ。ギリシアへの勢力拡大を目論むペルシア帝国は、アナトリア半島南西部のイオニア半島での反乱(紀元前499年から紀元前493年)にアテナイが介入したことをきっかけに紀元前492年から紀元前449年にかけて数回にわたりギリシアに大軍を送り込んだ。ペルシア戦争とかギリシア・ペルシア戦争などと呼ばれる。この戦争でギリシアはその脅威を跳ね返し、ギリシア諸ポリスが掲げる自由を守り抜いた。
紀元前480年、ペルシアの王クセルクセスが大軍を率いて陸上と海上からギリシアへの侵攻を開始した。ギリシアの諸ポリスは、反ペルシアで一枚岩とはなれず、侵攻で真っ先に被害を受けるためにペルシアへの帰順を決めた都市、中立を決め込んだ都市なども多かったが、アテナイを中心にスパルタ、テッサリア、テーバイなど、対ペルシアで団結した都市国家もあった。
陸上での防衛はギリシア中東部のテルモピュライとなった。カリモドロス山とマリアコス湾に挟まれた非常に狭い通行の難所であるが、大軍を一斉に進撃させることができず防衛に適しており、幾度となく戦場となった場所である。戦いにはスパルタ、テスピアイ 、テーバイなどから5000~8000程の兵士が参加していた。主力となるスパルタ軍は重要な神事であるカルネイア祭の時期と重なってしまったためレオニダス王率いる300の重装歩兵のみの参戦となった(軽装歩兵1000人が参戦していたという説もある)。ペルシア軍を率いていたクセルクセスは、わずかな兵で100万(近年の研究では陸上兵力は10万以下であったといわれるが、最大で30万ほどの数字を挙げる研究者もいる)ものペルシア軍と戦おうとしていることが信じられず、4日間様子を見た後、5日目に攻撃を開始したという。
テルモピュライの隘路は、ペルシアの主力である騎兵部隊の展開を許さず、ギリシア軍が装備する長槍と大型の丸盾を活かした密集陣形による戦いには存分に威力を発揮する場所だった。突撃を繰り返すペルシア軍は多大な損害を受け、守るギリシア側の被害は軽微であった。しかし、ギリシア側からペルシアへの内通者が現れ、テルモピュライを守るギリシア軍の背後に回る迂回路の存在を知られてしまう。ヘロドトスの著した「歴史」では、現地で迂回路の存在に気付いたレオニダス王は、他のポリスの兵を帰して自らと自らの手勢300人で迎え撃つことを決めたとされている。真偽はとにかく、背後を取られたことを知ったギリシア連合軍も戦意を失い撤退した部隊も多く、最後まで残ったのはスパルタ、テーバイ、テスピアイの兵が多くても2500程だったという。
クセルクセスはスパルタ軍に投降を呼び掛けたが、レオニダスの答えは「モローン・ラベ(来りて取れ)」だったとされる。ペルシア軍による総攻撃は苛烈を極めたが、ギリシアの兵は命の限り戦った。その戦いの最中、レオニダス王が矢を受けて倒れ、ペルシア兵とギリシア兵で死体の争奪戦が繰り広げられたと伝えられる。槍が折れようが剣を失おうが抗戦の意思を失わないギリシア兵の戦いに恐れをなしたペルシア兵は、直接戦うのを避けるようになり、スパルタ、テッサリアの兵は最後は弓矢の雨の中で全滅し、その後テーバイの兵は降伏したという。ヘロドトスの「歴史」ではこの日の戦いだけでペルシア軍は2万の失ったと記している。レオニダス王とスパルタ兵、テッサリア兵、テーバイ兵たちの奮戦と犠牲はペルシア軍の侵攻の時間を稼ぎ後のサラミスの海戦での勝利に繋がった。翌年の紀元前479年のペルシア軍の侵攻に際してもレオニダス王の奮戦を思い出し、戦う勇気を兵たちに与えたことだろう。
【ストーリー】
古代ギリシア時代のスパルタ――。スパルタの男たちは、幼いころから戦闘技術を叩き込まれた屈強な戦士たちであった。紀元前480年。スパルタ王レオニダスの元にペルシアの王クセルクセスの使者が訪れる。世界最強のペルシア軍の戦力と莫大な富を背景に、傲慢な態度で服従を迫るぺルシアの使者に激昂したレオニダスは使者を殺害してしまう。ペルシアとの全面戦争を決意したレオニダスだったが、大きな障害があった。エフォロイという神官たちである。王といえどもエフォロイの語る信託には従う義務があった。しかし、そのエフォロイは神官とは名ばかりの金と若い女に目がない欲にまみれた俗物の集団であり、すでにペルシア帝国によって買収されていた。その結果、エフォロイが出した信託の結果も非戦であった。
もはやスパルタは戦わずしてペルシアの支配下に入ったも同然。落胆するレオニダスに、妻の王妃ゴルゴは、「何をするべきかは、スパルタの民としてではなく、夫や王としてでもなく、自分の自由な心に問うべき」と背中を押す。その言葉に力を得たレオニダスは、幼い息子とスパルタのことを王妃に託し、わずか300の精鋭を引き連れ、決戦の地へと向かう。ペルシア軍がスパルタを攻めるにあたり、灼熱の門と呼ばれる峻険な山と海に挟まれた隘路を通らなくてはならない。ここなら、少数の兵で大軍と戦うことができる。途中でアルカディア人の軍団と合流し、灼熱の門へと進軍する。
レオニダスは灼熱の門には山羊の山道と呼ばれる迂回路があることを、エフィアルテスという男に教えられる。彼の両親はスパルタ人だったが、エフィアルテスが障害を持っており醜い風体をしていたため、棄てられること恐れて故郷を離れた過去があった。両親の汚名を払うべく、戦いに加わりたいというエフィアルテスは見事な槍捌きを見せるが、障害のせいで盾を構えることができずレオニダスに戦列に組み込むことはできないと告げられる。レオニダスが山羊の山道に見張りを置くように配下に告げたその時、地震を思わせる地響きが起こる。ペルシア軍の大軍が進撃を始めたのだ。灼熱の門の入り口で戦陣を組んだスパルタ軍はペルシア軍を押し返し、犠牲を出さないまま、緒戦で華々しい勝利を収める。
灼熱の門のレオニダスのところにクセルクセス自らが出向き、自分の配下に入るように説得する。しかし、レオニダスは挑発を返し、クセルクセスは恫喝で応じた。挑発に乗ったクセルクセスは“不死の軍団”と呼ばれる精鋭部隊を送り込んでくる。ペルシアの最強軍団の前に、レオニダスもあと一歩のところまで追いつめられるが伏兵が突入し、陣列を組みなおしたスパルタ軍の前に不死の軍団も壊滅した。肉弾戦では不利を悟ったペルシア軍は、巨大な獣や火薬による武器を投じるが、スパルタ軍はその悉くを退けた。レオニダスが栄誉ある死以上のもの――ペルシア軍を撃退することを意識し始めたころ、スパルタではゴルゴ王妃がレオニダスのもとに援軍を送るべく孤独な戦いに身を投じていた。そしてクセルクセスの下には、レオニダスを逆恨みしたエフィアルテスが山羊の山道の存在を伝えるべく、参じていた。
【感想】
ヴィジュアルのインパクトが凄い。最強の兵士たちの見せ方がうまい。初めて見たときの第一印象はそれだった。テルモピュライの戦いという史実を、歴史的事実をベースにしながら血と暴力を前面に押し出した単純明快な内容にし、圧倒的パワーで最後まで押し切った作品。単純化しすぎたせいで、「イラン人の祖先にあたるペルシア人を激しく冒涜している」とイラン政府から非難の声が上がったそうだが、エンタメとしてみたときは、敵と味方、敵は悪だから敵、というくらいはっきりさせたほうが面白くなるのかもしれない。
このまま300人の戦士が100万の軍を退けるのでは――と思わされるが最後は歴史通り裏切者が現れて……歴史通りの運命を辿る。世界の歴史を紐解けば寡兵で大軍に立ち向かった戦いは多くあり、中には寡兵の側が勝利を収めた戦いもいくつかあるが、その中で、テルモピュライの戦いを舞台として選んだのは、アメリカにおいても玉砕の美学のようなものがあるのだろうかと感じ、興味深く思う。