無敵艦隊(1937年)
DATE
Fire Over England/イギリス
監督 : ウィリアム・K・ハワード
<主なキャスト>
エリザベス1世:フローラ・ロブソン
フェリペ2世 : レイモンド・マッセイ
レスター伯 : レスリー・バンクス
マイケル・インゴルビー : ローレンス・オリヴィエ
シンシア : ヴィヴィアン・リー
……etc
【作品解説】
原作は古典的名作「サハラに舞う羽根」の作者として知られるイギリスの作家A.E.W. メイソン(1865年〜1948年)の小説。20世紀を代表する名優として名が挙がるローランド・オリヴィエ、ヴィヴィアン・リーが初めて共演した作品である。両者はこの3年後に結婚した。
【アルマダの海戦(1588年)】
16世紀――後世、大航海時代などと呼ばれることになる西欧が南北アメリカ大陸やアフリカ、アジアと世界中に進出し、植民地化していった時代。最初の覇者となったのはスペインであり、日の沈まぬ大帝国と呼ばれるほどの広大な領土を手に入れた。イングランドは、フランスとの百年戦争や薔薇戦争と呼ばれる内戦を経てテューダー王朝を成立させた新興国であった。この両国はスペインからの独立を目指して独立闘争を繰り広げるネーデルランドにイングランドが支援したことや、イングランドが私掠船によるスペインの貿易船に対する海賊行為を容認していたことなどがあり、関係は悪化していた。さらにプロテスタントだったイングランドの女王エリザベス1世は、国内のカトリック教徒を弾圧したため、ローマ教会は彼女を破門にし、カトリックの擁護者を自認するフェリペ2世とは宗教的にも対立関係にあった。エリザベス1世は庶子の立場であったことから王位継承権そのものに疑問を呈する声もあった。フェリペ2世はプロテスタントのエリザベス1世ではなくカトリックのスコットランド女王メアリー・スチュアートがイングランドの王位を継ぐことでイングランドとの諸問題を解決することに期待していたが、スコットランドの政争に敗れたメアリー・スチュアートはイングランドに逃れ、18年間イングランドの監視下に置かれた後、エリザベス1世暗殺の企てに加担した罪で1587年2月に刑死した。これをきっかけにフェリペ2世は武力によるイングランド征伐を決断する。
スペインが編成した130隻からなるイングランド征伐の大艦隊を、イングランドは畏怖と皮肉を込めて「無敵艦隊(アルマダ)」と呼んだ。1588年4月終わりにメディナ・シドニア公を総司令官に据えたスペインの大艦隊はリスボンを発った。途中でネーデルランド総督パルマ公の陸軍と合流してイングランドに攻め込む戦略だったが、通信手段が発展していなかった当時には、海軍と陸上部隊が正確に合流することは難しく、計画は当初から破綻していた。1588年7月の終わり頃から8月の初めにかけて私掠船の船長だったフランシス・ドレイクを実質的な最高指揮官としたイングランド海軍は無敵艦隊に攻撃を仕掛ける。イングランドの大砲は、スペイン海軍に搭載された大砲よりも軽量で威力は低かったが射程距離が長く装填速度も速かった。しかし、砲撃戦ではイングランド海軍優勢だったが、スペイン艦隊の装甲を貫くことはできず、決定打を与えることはできなかった。そこでイングランド海軍は、カレー沖で密集して投錨していたスペイン艦隊に、火薬やタールなどで燃え上がらせた火船8隻を送り込む。混乱したスペイン艦隊は陣形を崩され、再集結もままならないまま、イングランド海軍の攻撃を受け散り散りとなった。メディナ・シドニア公は、これ以上の作戦続行は不可能と判断し、スペインに帰還しようとするが、風向きの関係によってプリテン島を反時計回りに一周して帰還するルートを選ばざるを得なかった。悪天候に見舞われたスペインの艦船は不慣れな海域ということもあって、次々と沈没したり座礁し、多くの有能な将兵が命を落としたり捕虜となった。無敵艦隊は、三割の艦船と半数の人員を失い、ボロボロになって帰還した。
超大国であったスペインだが度重なる対外戦争や貴族の贅沢な暮らしによって大陸からの富は浪費され、国家は破綻に近い状態にあった。衰退の兆候はアルマダの海戦以前から如実に表れていたが、アルマダの海戦がスペインが世界史の主役から降りる決定的な出来事だったわけでもなく、すぐさま海軍は再編成され、その後も数度にわたりイングランド征伐の遠征がなされた。また、アルマダの海戦の勝利はイングランド史におけるもっとも偉大な勝利者の一人としてエリザベス1世の名前を刻むことになったが、この勝利によってイングランドがスペイン帝国に取って代わったわけではなく、後に大英帝国(British Empire)と呼ばれる大帝国を築くのはまだ先の話である。
【ストーリー】
時は16世紀。大帝国スペインと新興国イングランドは表面上は友好関係にあった。しかし、フランシス・ドレイクなどのイングランド公認の海賊はスペインの商戦やスペインの港などを襲いスペインの国庫に甚大な被害を与えていた。スペイン海軍はイングランドの海賊を捕らえると異教徒として火炙りにして報復した。スペインの大使はイングランドに圧力をかけようとエリザベス女王に恫喝めいた発言をするが女王は毅然とした態度で跳ね返した。
イングランド王宮では、大蔵卿の娘のシンシアが恋人のマイケルの帰りを待っていた。マイケルはドレイクの配下リチャード・インゴルビーの息子である。しかし、シンシアの祈りも空しく、マイケルはリチャードとともにリスボン沖でスペイン海軍と戦い敗れた。リチャードは捕らえられ、マイケルは海に飛び込み、リチャードの親友のスペインの将、ドン・ミゲルを頼り、身を寄せる。ドン・ミゲルはマイケルを匿い、娘のエレナは負傷したマイケルを介抱するうちに好意を抱くようになる。しかし、スペインの宗教裁判にかけられたリチャードは殺され、マイケルはスペインへの恨みを胸に、単身小舟を駆ってイングランドに戻り、スペインの国情を女王に報告する。
戦いが迫るイングランドには、スペインと内通しようとする勢力があった。女王の寵臣であるレスター伯は、不審な動きをするベインを捕らえようとするが自害されてしまう。そこで、ベインと年齢や背格好が似ているマイケルをスペインに送り込み逆スパイとする作戦を立てる。あまりにも危険な作戦にシンシアは狼狽え、そのような命令を下したエリザベス女王を恨みさえしたが、スペインへの復讐を誓うマイケルはその計画に乗って再びスペインに向かう。フェリペ2世と謁見を果たしたマイケルは、総督の館に逗留することになったが、そこで総督の妻となったエレナと再会する。エレナはすぐに、その正体がマイケルだと気づくが……。
【感想】
邦題は『無敵艦隊』だが、艦隊戦は最後のほうで少し描かれているだけで、スペインとイングランドの諜報戦が物語の軸となっている。マイケルは架空の人物だが、実際にスペインの王宮にも、イングランドの王宮にも多くのスパイが潜入し、国のために命を賭して相手国の内情や状況を本国に伝え続けていた。アルマダの海戦というと、イングランド海軍とスペイン海軍との海戦にばかり目が行ってしまいがちだが、1930年代の映画黎明期に裏方である諜報員に焦点を当てた作品として、個人的は好感を持って見られた。ただ、全体的に――古い映画だということを差し引いても、ストーリー展開が雑で、セットなどはチープな印象を受ける。
そんな中、主人公であるフローラ・ロブスンの演じるエリザベス1世の存在感がこの映画の一番の印象だった。史実でもあるティルベリーでの国民を奮い立たせる演説など強烈なカリスマ性で国民を率い大国相手にもひるまない聡明で冷徹な女帝であると同時に、スコットランド女王を殺したことに苦悩したり老いを自覚し若さに嫉妬したりする人間臭さが全面に出ていてリアルに感じる。それだけに、その女王に暴言を吐く侍女や、玉座を勝手に使ってイチャイチャするカップルなどに、これ16世紀の話だよな、という違和感を覚えた。現実なら首が飛びかねないことだと思うのだが。女王の寛容さを演出しようとしたのかもしれないが、恋愛話を強引にぶち込んだようにも感じ、最初から最後までちぐはぐした印象を受ける。